だけど実子を亡くしたばかりの母は、僕を天からの授かりものだとか、運命の子供だとか感じてくれたそうだ。
母は僕を溺愛し、父も本当の子以上の愛情となおかつ厳しさをもって育ててくれた。父が言うには僕は「この村で生きづらい」からだ。
言葉も上手くしゃべれない、歩くのも遅い、容姿も劣っている、そんな僕だが村の皆は優しくいたわり、仲間として迎えてくれた。しかしそれに甘えるばかりではいけない。父は常々そう諭したものだ。受けた物以上を返すことを考えろ、と。
そんな大層な事がこんな出来損ないの僕に出来ようか、僕以上に父は半信半疑だったはずだ。まさか本当にそんな日が来るとは思いもしなかった。
村は代々、山を治めていた。ふもとの、『谷の民』とは触れ合わずお互い関わらずが暗黙のルールだった。
しかしその掟が破られつつあった。谷の民は山の富を目当てに境界を侵し始め、資源を漁り、あろうことか我々を倒さんと各所に罠を仕掛けるようになったのだ。
罠は残忍で致命的な装置だった。運悪く掛かってしまうと我々の力では外すことができない。それでも解除策を講じて被害者のそばに留まっていると、強靭な武器を手にした谷の民が群衆でやって来てもろとも殺されてしまう。そのため、罠に掛かると泣く泣く被害者を見捨てざるを得なくなるのだ。
初めて僕が能力を発揮したのは、幼馴染の女の子が罠に掛かった時だった。解けない罠をジャラつかせて泣き叫ぶ彼女の母親の嘆きは皆の心を引き裂いた。突き動かされるように僕は歩み寄って罠を触ると、ものの数分で外すことに成功したのだ。
皆歓喜し、僕は絶賛された。
「スゴい能力だぞ、ボウズ! これがゴッドなんとかってヤツか」
それから我らには怖い物はなくなった。罠に掛かってももう大丈夫、僕という『ゴッドなんとか』がいるのだから。
明るくなった空気と反対に、母は時おり物憂げな顔をするようになった。母親の勘で、不気味な未来を感じ取っていたのかもしれない。
罠が効力を果たさなくなったので、怒った谷の民はある夜、我らの村に焼き討ちを仕掛けた。
燃え盛る火の手にはさすがの僕も太刀打ちできなかった。村長が下した決断は『棄村』だった。丸い月だけが照らす夜闇の中、着の身着のままとにかく逃げるのだ。僕の背に冷たい物が走った。僕は速く走れないのだ。
「私が背負います」
思い詰めた表情で母が言った。
「この子も、村の仲間です」
しかし村長の返事は冷徹だった。
「無理だ、ボウズはもう重すぎる。それに、この子には谷の民は手出ししないだろう」
村長の命令は絶対だ。しかし母は声の限り抗った。
「イヤです! 私の子です! 私が育てたんです!」
僕は母の柔らかい毛が大好きだった。母と父と、川の字で眠る夜がなにより幸せだった。
僕は父に頷いてから、しゃべりが得意でないものだから、どもりつつも必死で話した。
「僕は残るよ。そして、谷の民を少しでも食い止める。だから皆は逃げて。少しでも遠くへ逃げて。」
それが僕の、両親への、村の皆への恩返しだから。
村長は目を潤ませながら、安心させるように鼻をこすりつけた。
「谷の民はお前に悪い事はしまい。お前はヤツらにソックリだから」
次の瞬間、僕らを護り慈しんできた闇を切り割いて、火と蛮族の群れが現れた。
「逃げろ!」
と叫んだのは村長だったか僕だったか。
僕はヤツらに向き直ると思いきり両手を広げ威嚇した。ヤツらが驚いてひるんだその一瞬の隙に仲間を振り返ると、哀しみをいっぱい溢れさせて立ち止まる母の瞳があった。
村の皆とは違う、平べったく音が抜けづらい口を力の限りすぼめて、僕は絶叫した。
『…そこで狼少年が遠吠えしたんですよ』
都会から来た記者に猟師が語った当時の記事が残っている。
『狼少年が戦慄するばかりの遠吠えをあげたものだから、その場に居た者全員凍りつき、狼の一群すべて残らず逃げられてしまった』
狼少年の現在の所在は、分かっていない。
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