幾度も繰り返された論議に、部会員の士気は緩み、気怠い空気が議場を覆っていました。
そこで部会長は、カラスの視点に立って考えてみりゃーと提案しました。
しばらくして、一人の部会員が手を上げました。
「カラスの奴は、嫁さんがいないけん、寂しいんと違うやろか」
皆は顔を見合わせて、ざわつき出しました。
そうかもしれない。
けれど、意地っ張りのカラスはこれまで浮いた話が持ち上がっても、「器量が良くない」「声が悪い」「羽根にツヤがない」等、難癖付けて破断にしてきたのです。
「ありゃーダメじゃろ。肝が据わっとらん」
「好いた女子(おなご)なら、腹ぁくくるんと違うか」
「あいつの好きな女子って、どんなじゃ」
一人の部会員が、手を上げました。
「心当たりがあるけん」
それから間もなく、罠にカラスが引っ掛かってくれたので、皆でエイサエイサとぶどう部会長の家に担ぎ込みました。
部会長は苦虫を噛み潰したような顔でカラスを睨み、吐息をつくと語り掛けました。
「お前に嫁をとらせようということになってな」
「ワシが満足できるような女子なら上等じゃ」
カラスは胸を張って、自信満々で答えました。
「大丈夫じゃ。お前、うちのピオーネは好きじゃよな」
カラスはニヤニヤして、大きく頷きました。
カラスは、中でも部会長の圃場をひどく荒らしていたのです。
「そりゃ-、部会長さんとこのピオーネは絶品じゃからな」
「じゃあ、うちのピオーネを嫁にしんしゃい」
カラスは目を丸くして固まってしまいました。
その間も部会長は話を進め、会員の皆は「好いた相手がええ」と盛り立てるばかり。
仕舞に部会長は、
「娘同然に育ててきたうちのピオーネじゃ。お前は今日から婿殿だ」
と断言し、カラスの足をマイカ線で結び付けると、ピオーネの幹に結び付けてしまいました。
その日から、カラスの過酷な労働は始まりました。
「嫁の世話」と称して、ぶどう栽培の作業を手伝わされるのです。
ぶどう作りは非常に手間が掛かる、気の長い作業です。
亜主枝から伸びるたくさんの枝を一本一本誘引し、そこから生える花穂を取捨選択した上、手作業で時期に合わせて整えていきます。
肩は凝り、上げっ放しの手は痺れ、腰はパンパンに張って座る間もありません。
ようやくこっそり持ち込んだハサミで拘束されていたマイカ線を断ち切ったカラスは、捨て台詞を残す余裕もなく、這う這うの体で部会長の畑から脱走したのです。
その後まもなく、鳥仲間のトンビから近隣のメスカラスを紹介され、ピオーネよりはマシだと、一も二もなく結婚しました。
今では、部会長の畑の向こうの山に、夫婦仲良く暮らしています
時々、部会員の誰かが夫婦を冷かしたりしますが、恩(?)も忘れてカラスはそっぽ向いてしまいます。
そういえば、それからぶどう被害がどうなったかは、まだ聞いていませんが。どうなったのでしょうか。